「彼は本当におまえを愛しているのかい?
」
婆やの口がゆっくりと動いた。
柔らかな粗編みのレースを、
背筋をほんの隠す程度に羽織った女にそう問い掛けていた。
赤裸々な姿を恥じているだけではない。
婆やを前にすると、積んできた経験などは、
一瞬にして矮小なパラフィン紙の丸めたそれの様。
また別の声が足元から響く。
「学んできた事はなに、なに、アレホド痛い目にあってまだ?」
コミカルな声音の主は、おがくずの入った木箱の端、
小さな小さな両手がかかった後ひょこりと顔をのぞかせた。
ずっとずっと、飼ってやりたかったチワワだった。
幼い頃に見覚えのある瞳は、
おそらく天国で大人にでもなったんだろう、
座り生えるかのような落ち着きがあった。
何を思っていたのだろう、その女はうつむき、
伏し目がちなままただ黙っていた。
背後には、振り子時計のガラス戸が
世の中で唯一果てる事の無い「時」というものを盾に、
流浪をせせら笑うかのごとく、左右逆さに情景を写し続けていた。
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