◇No.17

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今日は新人歓迎会がありまして。10人もの決してフレッシュではない年齢の方々を歓迎してきました。徐々に薄れゆくパッション。
(08/11/07)

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いざ具現化した姿が瞼の片隅にちらつき出すと…そこには、何か巨大な渦が大きく口を開けて待ち構えているのだ。自力では抗えない力で、ぐるぐると巻き込まれて、目の前はしぶきと切れ切れになった風景しかなくて、何か大切な物を求めながら気が遠くなってしまうのだ。でも朝はまた、この渦などおかまいなしに、勝手にやってくる。
(08/11/04)

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香港は来港と言うが、シンガは来星と言うのだ。…宇宙ステーションか?確かに近代的な建造物をよく見受けられる場ではある様ですが。私の悪い癖で、運命というものが一体どこまで悪戯なのかを、まるで他人事の様に傍観してしまう。それでも時折、切なくなる。
(08/11/03)

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洗濯機を2回まわして、原宿で珈琲を飲んで印度カレーを食べておしゃべりをした。チェリストの事をチェロリストと言ってしまった。軟弱なテロリストみたいだ。そういえば昔、アイスバーンの事をアイスバーグと言っていた自分を思い出す。もらった本は、読み終わるのがもったいなくて、読み進むのを躊躇してしまう。
(08/11/02)

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午後に赤坂のレコーディングスタジオへ。来月頭に番組の改修があるので、そのためのナレーション収録の立ち合いに行った。そこに居た制作担当のフィーリングが割と良くて嬉しかった。そのイントネーションが若干ひっかかる、この語間のブレイクは要らないとか、この言葉が繰り返し同じセンテンスに存在するのはくどいとか、語尾を若干フラットに発音してほしい、そういう微細な部分まで感覚がピッタリ合致していた。チャンネルを操作する挙動は機敏だったし判断力も素早くて舌を巻いた。同じ制作担当でもあれ程かっこよく仕事をこなして“魅せる”事が出来るんだ。励みになりました。私ももうちょっと頑張ろうと思った。
(08/10/17)

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私には前職の同僚で、あじさんという親友がいる。彼は両耳が不自由にも関わらず、音楽だって聴くし電話だってしちゃうし、私のライブにだって何度も来てくれたし、仕事は健常者よりはるかにできる人だったし、外見だってハンサムでかっこいいし服のセンスもいいし、いくつも資格を持っているし株に詳しいし車もいじれるし難しい事を沢山知っていて頭がいい。今や一児の父でもある。ハンディを感じさせないどころか、すさまじいバイタリティで人情に熱く正義感も強く、心から尊敬する人だ。補聴器を通した音は私には想像の域でしかないが、声が綺麗だと言われた瞬間を私は今でも胸に大切に抱いている。あじさんは、これまでもこれからもずっと、大事な友達だ。
(08/10/16)

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満月-full moon-じゃないですか。あろうことか私はfool moonとスペルミスをしていた…!「これだけは言っておかねばならん、それはジョークか?」という一笑に付したメールが来ていた。ああいやだ、私ってばなんてfoolなんだろう。
(08/10/15)

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地元のピアニストから、中原中也の詩がメールで届いた。冬の夜のしじまに、ヤカンの音を聴きながら夢をみているという内容の…。『かくて夜は更け夜は深まつて 犬のみ覚めたる冬の夜は 影と煙草と僕と犬 えもいはれないカクテール』私の感性にちょっと似ているかなと思って送ってくれたそうです。
(08/10/14)

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時折BBCのCMで、欧米人がインドへビジネスで赴任し、洗濯機でジュースを作っているところを見て驚愕のあまり一瞬顔が引きつるが、そのジュースを恐る恐る飲んでみたら美味しくて微笑む、という場面が現れる。これってsatellite broadcastingだからごく少数にしろインドでも見てる人はいるんだよなって思うと若干複雑な気分になる。
(08/10/13)

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中目黒で大学の軽音の先輩である、もと大樹バンドの三浦先輩にバッタリ遭遇した。数年前に渋谷ですれ違った時も、まるで三重ですれ違っているかの如く、角を曲がったら『よう、久しぶり』と片手を挙げて自然に通り過ぎて行った。今回も有り得ないほどの偶然にも関わらず、のんびりと挨拶を交わした後、まるで八百屋と魚屋のある商店街をぼんやり歩き去ってゆくかの如く、東横線の高架下からビルの隙間へ消えて行った。先輩の昔からのアフロヘアは、少し長めの冬仕様になっていた。
(08/10/12)

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BBCニュースで為替変動を見る人達の顔は皆一様に眉間に皺を寄せている。二桁のパーセンテージが下がるというのはやっぱりすさまじいと思う。ちょっと按ずる。
(08/10/11)

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まるで神様が、日本にだって素敵な人はまだまだ居るんだぞと言っているみたいだ。以前ひどく酔い潰れた日に早稲田のお店で知り合った人と、小説と映画と音楽の話をした。(08/10/07)

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海外でいきなり知らない欧米人ばかりのステージに立った経験は、どこか今までとは違った度胸というか勢いに任せる事の出来る心情を植え付けてくれたみたいだ。それでも、今の私には、何かが足らない。
(08/10/06)

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また一つ年をとってしまいました。イタリア料理のシェフから、素敵な青い鳥と、音楽、映像、それから甘い香りのred carpetの高そうなお香が誕生日に届いた。お洒落だなぁ…。20代の頃から自分のお店を持ち、数年前にそこをたたんで単身イタリアへ修行に行かれ、戻って来てホテルで働いている。もうじきまた自分のお店を開業するみたいだ。彼は私と同じ様にハンディがあるにも関わらず、逆境をバネに、とても甲斐性のある人だと思う。尊敬している。
(08/10/04)

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香港のjazzのお店で歌って来ました。お客さんは欧米人ばかりだった。冒頭いきなりMy face is red you know, cause I drank so much!って言ったらみんなが笑ってくれた。現地のバンドの方々に本当に感謝をしている。みんな素晴らしかった。終わってからお店の外で話していて、bassとpianoとsaxの人に、I don't wanna leave hong kong.って言ったらoh,,,と切なそうに呟いていた。うっすら涙が出て、泣きそうになった。特にbassとpianoの人は昔、バブル以前だが…日本のdiscoで演奏していた時期もあったそうだ。妙な日本語の単語を出してはカーッカッカッカ!と大きなお腹をゆすって笑っていた。風貌は海坊主さながらで、甲斐性のありそうなどんと構えたユーモアのある人達だった。

今回の旅では散々道に迷ったり、携帯が壊れて仕事の緊急電話に対応するため現地のnokia製の携帯を借りたりと他にも色んなトラブルがあったが、それにも増して色んな人と出会えた。東京でお父さんが働いているため時折日本を訪れる香港の素敵なキャリアウーマンや、大陸側へ買い付けに来ていたスウェーデン人のアクセサリーバイヤー、香港で英国資本の電話会社に勤めるジェントルなイギリス人。
それから、NYに7年居たというやたらと頭のきれる台湾人。Something is strange.と言って引き返したUFOという妙な店の青い出入り口。がらっと違う静かで大人な雰囲気だった隣のアイリッシュスポーツバー。壁一つ隔てた向こうとは全く違う空間だなと笑い合った。点滅して駆け出したYau Ma Teiの交差点。私より一足先に自国へ発って行った。またいつか会えるだろうか。
(08/09/30)

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お休みを頂く期間のために、私の身代わり君に映像まわりの諸々を一生懸命教えていたら『まさか帰って来れないかもしれない程危険なとこに行くんすか?』といわれた。いやいや、何が起こるか分からないじゃないですか。抜けているのは自覚しているけれども、いくら安全を買う時代とは言え私はツアーみたいな物が好きではないので、恐らく今までもこれからもそういう旅行はしないと思う。
(08/09/23)

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トマトラーメンを食べた。メニューはボロネーゼだのポモドーロだのアラビアータだの、イタリアン?でもラーメンだった。
(08/09/22)

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昨日ライブを観に来てくれた人から、小説を頂いた。本屋でつけてくれるカバーこそあれ、ポン、とさりげなく無造作に差し出された。かっこいい事をする人だなぁと思った。(08/09/21)


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