あの時、ライトが霧雨を無数の針のように照らしていた。
雨にしめった樹のにおいと、軋んだ床。
夜の帳に清水の舞台を見下ろしていた。
透き通った透明な傘から、偽りの世界が垣間見えていたのに、
私は気がついていなかったのか。清水の池には、歪んだ寺が映っていた。
赤く黄色いもみじの間からお寺の鐘を見上げた。
刹那の幸せという事を、どこかで知っていて満たされない心は、
流れる三つの線からすくって飲んだあの水が、
実は間違いなのかもしれない...とさえ思った。
その心は、水を選んだ瞬間に抱いた不安のせいにした。
-- 僕とここに来た瞬間を忘れないよう、
この景色をきちんと見ておくんやで --
偽りの世界は、あちこちに垣間見えていた。
決して縁結びを買わず、かわりに幸せ守を買ったその手にも。
私はきちんと見ていなかったのだろうか。
見たくなかったんだろう。偽りの世界と感じていても。
期間限定の品が店頭に並ぶ。なぜ人は期間限定に踊らされるんだろう。
春が過ぎ夏が過ぎ、秋が過ぎ、冬が来て....
期限が近づくごとに追い詰められていった心は、もう限界に達していた。
それを忍び寄る魔物のごとく怯えていた。その上で様々な事が起きた。
巻込まれたいくつかの情事、転勤が追い討ちをかけた。
泣きすぎて、それでも尚溢れる涙で前がぼやけて見えなかった。
そして、私はとうとう倒れた。
なんの前触れもないようで、実は分かり切っていたことだった。
今ごろ、いろんなものが、見えてくる....。
偽りの世界は巧妙にできていたが、初めから間違いだったのだ。
生きてる心にあらかじめ期間を与えるのは、残酷な刑罰と何ら変わらない。
あの日作ったもみじのしおりは、いつしか、色褪せていた。
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